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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)260号 判決 1972年9月28日

原告 株式会社経堂ゴルフクラブ

被告 北沢税務著長

訴訟代理人 森脇勝 ほか三名

主文

被告が原告の昭和四二年三月一日から昭和四三年二月二九日までの事業年度の法人税につき昭和四三年九月二六日付をもつてした決定のうち、所得金額を一八、一二三、六二六円として計算した限度をこえる部分は、これを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は「被告が原告の昭和四二年三月一日から昭和四三年二月二九日までの事業年度の法人税につき昭和四三年九月二六日付をもつてした決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の請求原因および違法の指摘

一、原告はゴルフ練習場を経営する会社であるが、被告は、原告の昭和四二年三月一日から昭和四三年二月二九日までの事業年度の法人税につき昭和四三年九月二六日付をもつて所得金額を九〇、二二二、七五八円、法人税額を三一、三六七、七〇〇円とする決定をした。

二  原告は右決定を不服として同年一〇月一一日被告に対し異議申立てをしたが、同年一二月二八日被告からこれを棄却されたので、昭和四四年一月一三日東京国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は同年一〇月三〇日これを棄却する旨の裁決をなし、同裁決書謄本はその頃原告に送達された。

三  しかしながら、右課税処分は所得金額を過大に認定した違法があるから、その取消を求める。

第三被告の答弁および主張

(請求原因に対する答弁)

原告主張の請求原因一、二の事実は認めるが、同三の主張は争う。

(被告の主張-処分の根拠)

一  原告の本件係争事業年度における所得金額は九〇、二二二、七五八円であり、その内訳は左表のとおりである。

(所得内訳)

項目         金額

(一)  益金    一〇五、六六九、三三〇円

1ゴルフ練習場収入  四、三〇四、八〇〇〃

2借地権譲渡収入 一〇一、三六四、九三〇〃

(二)  損金     一五、四四六、九七二〃

1ゴルフ練習場経費  二、九一〇、〇四五〃

2借地権譲渡経費      四六、一四〇〃

3公租公課        二七一、五九〇〃

4建物認定損     二、一二六、五五四〃

5設備認定損     八、三四七、三八六〃

6貯蔵品認定損      九三四、〇六七〃

7什器備品認定損     八一一、一九〇〃

(三)  所得金額   九〇、二二二、七五八〃

右のうち、原告の争う借地権譲渡収入および借地権譲渡経費を認定した理由は次のとおりである。すなわち、

原告は、ゴルフ練習場に使用する目的で昭和三五年六月一日飯田覚蔵から同人所有の東京都世田谷区経堂一丁目一一四番地の土地八六六坪のうち八一五坪(以下、本件土地というのはこれを指す。)を賃料一月当り四〇、〇〇〇円で借受け、同地上にクラブハウスおよび打席設備等(以下、クラブハウス等ともいう。)を設置し、ゴルフ練習場としていたが、昭和四二年八月一日右覚蔵が死亡し、飯田栄二、飯田幸三、飯田竜雄、太田美枝および飯田ユリ子(いずれも当時原告会社の役員であり、飯田栄二はその代表取締役であつた。)が相続により右八六六坪の土地所有権を取得するとともに本件土地の貸主たる地位を承継するに及び、同年九月九日新泉興業株式会社(以下、新泉興業ともいう。)に対し、原告が本件土地の借地権およびクラブハウス等を、また、右栄二らが右八六六坪の土地所有権を代金一六五、六八六、四〇〇円で売渡した。

そこで、被告は、本件土地の借地権価格割合を六五パーセントとし、左記昇式により原告に帰属すべき右借地権譲渡収入を算出した。

(借地権譲渡収入)

165,686,400円(一括売買代金)×815坪/866坪(原告の借地面積割合)×65/100(借地権価格割合)= 101,364,930円(原告に帰属する借地権譲渡代金)

そして、右借地権の譲渡経費については、右売買契約に要した費用七五、六四〇円(代書料三五、六四〇円および印紙代四〇、〇〇〇円)を右一括売買代金と原告に帰属すべき右借地権譲渡収入との割合をもつて按分して算出した。

(借地権譲渡経費)

75,640円(契約費用)×101,364,930円(借地権譲渡収入)/165,686,400円(一括売買代金)= 46,140円(原告の負担に帰する借地権譲渡経費)

二 仮に、原告の本件七地の使用関係が使用貸借であつたとしても、原告は前記新泉興業との売買により本件土地の使用借権およびクラブハウス等を譲渡したものというべきであるから、右売買代金中右使用債権およびクラブハウス等の価格相当額はその譲渡代金として原告に帰属すべきものとみるべきである。

しかるところ、右譲渡時におけるクラブハウス等の価格は二、五〇〇、〇〇〇円であり、また、右使用権の価格は二六、七三三、〇〇〇円と評価するのが正当であるから、右クラブハウス等および使用借権の価格の合計二九、二三三、〇〇〇円相当額を譲渡収入として原告の本件係争事業年度における益金に計上すべきである。

そして、その場合の譲渡経費は、右売買契約に要した前記費用七五、六四〇円を右売買代金と原告に帰属すべき右使用借権等の譲渡収入との割合で按分して計算した一三、三四二円

(75,640円×29,233,000円/165,686,400円 = 13,342円)と認めるのが相当である。

そうすると、原告の本件係争事業年度における益金の額は三三、五三七、八〇〇円(前記一掲記の所得内訳表(一)の2の借地権譲渡収入一〇一、三六四、九三〇円を、使用借権等譲渡収入二九、二三三、〇〇〇円と読みかえる。)となり、また、その損金の額は一五、四一四、一七四円(前同内訳表(二)の2の借地権譲渡経費四六、一四〇円を、使用借権等譲渡経費一三、三四二円と読みかえる。)となるから、その所得金額は一八、一二三、六二六円となり、したがつて、本件課税処分は少くとも右の限度において正当というべきである。

なお、被告が使用借権譲渡代金を主張する理由は次のとおりである。すなわち、

土地の利用関係は、使用貸借でも賃貸借の場合と同様に借主において土地を使用、収益しうるから、借主が経済的価値を保有するものであることは明らかであり、したがつて、課税上の観点からは使用借権も借地権と同様、資産とみるのが相当である。つまり、使用借権も借地権もともに資産である点については変りはなく、ただ、借用借権の場合は借地権と比べ法的保護の程度に差があることから、その価格の点において低く評価されるというにすぎないのである(ちなみに、昭和三七年六月一九日閣議決定の公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱一二条は、土地の使用貸借による権利に対する補償として「使用貸借による権利に対しては、当該権利が貸借権であるものとして前条の規定に準じて算定した正常な取引価格に、当該権利が設定された事業並びに返還の時期、使用及び収益の目的その他の契約内容、使用及び収益の状況等を考慮して適正に定めた割合を乗じて、得た額をもつて補償する」旨規定し、使用借権の経済的価値を認めている。)。

したがつて、原告がその有する使用借権を前記のとおり売渡した以上、その使用借権価格相当額は譲渡収入として原告の益金に計上すべきこととなる。

第四被告の主張に対する原告の答弁および反論

一、被告主張の事実中、原告の本件係争事業年度における所得の計算上益金に計上すべきものとして被告主張のゴルフ練習場収入があり、損金に計上すべきものとして被告主張のゴルフ練習場経費、公租公課、建物認定損、設備認定損、貯蔵品認定損、什器備品認定損があつたこと、原告が被告主張の日にゴルフ練習場に使用する目的で覚蔵から同人所有の本件土地を借受け、同地上にクラブハウス等を設置し、ゴルフ練習場として使用していたこと、被告主張の日に覚蔵が死亡し、被告主張の者らが相続により本件上地を含む前記八六六坪の土地の所有権を取得するとともに、本件土地、の貸主たる地位をも承継するに至つたこと、右相続当時右相続人らが被告主張のとおり原告会社の役員であつたこと、被告主張の日に右八六六坪の土地およびクラブハウス等が被告主張の代金で新泉興業に売渡されたこと、右譲渡時におけるクラブハウス等の価格が板告主張のとおりであることは認めるが、その余の点は争う。ただし、本件土地の借地権があるとした場合、その評価の割合を更地価格の六五パーセントとすることおよび借地権譲渡経費額の点については争わない。

二  原告の本件土地の使用関係は使用貸借であり、かつ、右使用貸借はクラブハウス等が新泉興業に譲渡されるより前に消滅したのである。すなわち、

原告は、覚蔵から本件土地を無償、かつ、貸主の請求あり次第原状に復して返還するとの約束で借受け、同地上にクラブハウス等を設置してゴルフ練習場として使用していたが、覚蔵が死亡し、同人を相続した栄二ら相続人は、昭和四二年九月九日相続にかかる前記八六六坪の土地を新泉興業に売却するにあたり、原告に対し本件土地の使用貸借契約を解除する旨の意思表示をした。そこで、原告は、右契約条件に従い、クラブハウス等を撤去して本件土地を原状は復したうえ右相続人らに返還しなければならなくなつたが、それを撤去するには多額の費用を要するため、原告においてクラブハウス等の所有権を放棄し、それが設置されたままの状態で本件土地を返還したところ、栄二ら相続人は右八六六.坪の土地を新泉興業に売却するにつき、本件土地上にあるクラブハウス等をも附属的に売買物件として新泉興業に譲渡したのである。したがつて、新泉興業との右売買契約の当事者は栄二ら相続人であり、原告は全く関係のないものである。もつとも、原告は右売買の当事者として該契約書に署名しているが、それはクラブハウス等の登記名義人が原告のままになつていたため、便宜上原告も右売買の売主として著名することになつたものにすぎないのである。

右のような次第であるから、被告主張のように原告が本件土地の使用借権およびクラブハウス等を薪泉興業に譲渡したとするのは誤りである。

三  仮に、原告が本件土地の使用借権およびクラブハウス等を譲渡したものとしても、土地の使用借権は、借地権と異り、法律上譲渡性が認められていない(民法五九四条二項、三項、五九九条参照)から、使用借権に経済的価値を認めるのは誤りであり、したがつて、これを譲渡しても原告に帰属すべき利益はないものといわなければならない。しかし、原告の右主張が認められない場合には、被告主張の使用借権の価格の評価の相当性および使用借権等譲渡経費額の点については争わない。

第五<証拠関係省略>

理由

一  原告主張の請求原因一、二の事実(本件課税処分の経緯)および原告の本件係争事業年度における所得の計算上益金に計上すべきものとしてゴルフ練習場収入四、三〇四、八〇〇円があり、また、その損金に計上すべきものとしてゴルフ練習場経費二、九一〇、〇四五円、公租公課二七一、五九〇円、建物認定損二、一二六、五五四円、設備認定損八、三四七、三八六円、貯蔵品認定損九三四、〇六七円、什器備品認定損八一一、一九〇円があつたことは、いずれも当事者間に争いがない。

そうすると、本件課税処分の適否の争点は、原告に本件土地の利用権およびクラブハウス等の譲渡による所得が認められるか否かの点に帰するので、以下この点について判断する。

二  原告が、ゴルフ練習場を経営する会社であり、昭和三五年六月一日覚蔵から同人所有の本件土地をゴルフ練習場として使用する目的で借受け、同地上にクラブハウス等を設置し、ゴルフ練習場として使用していたこと、昭和四二年八月一日覚蔵か死亡し、飯田栄二、飯田幸三、飯田竜雄、大田美枝および飯田ユリ子の五名が、相続により本件土地を含む前記八六六坪の土地所有権を取得するとともに、本件土地の貸主たる地位をも承継したこと、同年九月九日右八六六坪の土地およびクラブハウス等が一六五、六八六、四〇〇円で新泉興業に売渡されたことは当事者間に争いがない。

そこで、まず、原告の本件土地の貸借関係について考えてみる。

被告は原告の本件土地の貸借関係は賃貸借であると主張するが、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、原告会社は本件土地を利用してゴルフ練習場を経営するために覚蔵一族の者によつて設立された同族会社であり、このような特殊事情から覚蔵は原告の本件土地の使用につき、その使用期間を定めず、かつ、無償としたことが認められるから、原告の本件土地の使用関係は使用貸借によるものというべきである。もつとも、<証拠省略>には飯田栄二が原告に対し本件土地の立退料として五、〇〇〇、〇〇〇円支払つた旨の記載があり、また、<証拠省略>には本件土地は賃料一月当り四〇、〇〇〇円で原告に貸与されている旨および栄二らは相続によつて取得した本件土地の評価額を更地価格の三五パーセントと評価して遺産分割した旨の記載があるが、<証拠省略>によれば、<証拠省略>は飯出栄二の所得税および同人ら相続人の相続税についての対策上からそのような記載がなされたものではないかと考えられるので、これをもつてしては未だ前記認定を覆すに足りず、他に前記認定に反する証拠はない。

そうすると、原告に本件土地の借地権の譲渡収入一〇一、三六四、九三〇円があつたとの被告の主張は、その前提において理由がないから、採用することはできない。

そこで、次に、右使用借権およびクラブハウス等の譲渡の点について考える。

<証拠省略>によれば、新泉興業との間の前記八六六坪の土地およびクラブハウス等に関する売買契約書には、栄二ら相続人とともに原告もその売主として署名していることが認められるところ、原告は新泉興業との右売買契約成立前に原告の本件土地に関する使用貸借契約は解除されたため、クラブハウス等の所有権を放棄したのであり、新泉興業に対し右八六六坪の土地およびクラブハウス等を売渡したのは栄二ら相続人であつて、原告はその売主ではない旨主張するが、原告主張の右事実は<証拠省略>によつても認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうとすれば、新泉興業に対し右八六六坪の土地およびクラブハウス等を譲渡した当時、原告は未だ本件土地の使用借権を有し、また、クラブハウス等の所有権も原告に帰属していたものというべきであり、したがつてまた、新泉興業に対する右八六六坪の土地およびクラブハウス等の売買の内容も、原告が栄二ら相続人の同意のもとに本件土地の使用借権およびクラブハウス等の所有権を、また、栄二ら相続人が原告の右使用借権付の土地所有権をそれぞれ譲渡することを内容とするものと解するのが相当である。

してみると、原告の本件係争事業年度における所得の計算上右譲渡時における本件土地の使用借権およびクラブハウス等の価格相当額を益金に計上するのが正当といわなければならない。

右につき、原告は土地の使用借権は法律上譲渡性が認められていないから、これに経済的価値を認めるのは誤りであり、たとえこれを譲渡したとしてもその譲渡益なるものは生じない旨主張する。

しかし、経済的価値の有無は、法律関係の形式、性質のみによつて決定されるものではなく、その経済的実質に照らして有用なものと評価しうるか否かによつて決定すべきであるところ、原告は本件土地を利用してゴルフ練習場を経営するために設立された会社であり、本件土地にクラブハウス等を設置して現にこれをゴルフ練習場として使用し、収入をえていたのであるから、原告が本件土地を借用することによつて相当の経済的利益をえていたことは明らかであり、原告の有する右使用借権を経済的に無価値なものということはできないといわなければならない。したがつて、原告が右使用借権を譲渡することは、右使用借権に基づいて原告の保有していた経済的利益を任意に処分することにほかならないので、その譲渡時における右使用借権の価格相当額は、原告の所得の計算上益金に計上すべきものといわなければならないから、原告の右主張は採用することができない。

しかるところ、右譲渡時におけるクラブハウス等の価格相当額が二、五〇〇、〇〇〇円であつたことは当事者間に争いがなく、また、原告の本件上地の使用借権に経済的価値が認められる場合にその価格を二六、七三三、〇〇〇円と評価することの相当性については原告の争わないところであるから、右クラブハウス等および使用借権の価格相当額は原告の本件係争事業年度における所得の計算上益金に計上すべきことになる。

そうすると、原告の本件係争事業年度における益金の額は、当事者間に争いのないゴルフ練習場の収入四、三〇四、八〇〇円に前示認定のクラブハウス等の価格相当額二、五〇〇、〇〇円および右使用借権の価格相当額二六、七三三、〇〇〇円を加算した三三、五三七、八〇〇円となり、また、その損金の額は前示当事者間に争いのないゴルフ練習場経費二、九一〇、〇四五円、使用借権等譲渡経費額一三、三四二円、公租公課二七一、五九〇円、建物認定損、二、一二六、五五四円、設備認定損八、三四七、三八六円、貯蔵品認定損九三四、〇六七円、什器備品認定損八一一、一九〇円の合計一五、四一四、一七四円となるから、その所得金額は一八、一二三、六二六円となり、被告のした本件課税処分は、右認定の所得金額をこえる限度において違法であり、その限度において取消を免れないものといわなければならない。

三  よつて、原告の本訴請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 佐藤繁 海保寛)

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